精索静脈瘤
精索静脈瘤は精巣(睾丸)の静脈にお腹から血液が逆流して、瘤(こぶ)状にふくれるもので、正常男性の15%、男性不妊症の患者さんの40%にみられるとされています。精巣の静脈には左右で違いがあるため、右側より左側にみられることが多いですが、左右両方にあることもあります。精索静脈瘤があると、お腹から逆流した温かい血液が精巣(睾丸)の温度を上昇させ、精子を作る働きに悪影響をおよぼすと考えられていますが、そのメカニズムについてはまだ完全には解明されていません。
不妊症の男性に精索静脈瘤があれば、これを治療することにより精液所見の改善と妊孕性の向上が期待されます。また、精索静脈瘤は第1子が授かられない原発不妊男性の35%にみられるのに対し、第2子が授かられない続発不妊の男性では69%と非常に頻度が高いことから、精索静脈瘤を手術せずにほっておくと精液所見の悪化が進行することがあると考えられています。さらに、無精子症の患者さんでも、精索静脈瘤を手術すると20~30%で精液中に精子がみられるようになったとする報告があります。
診断は視診、触診と超音波検査で行います.程度の強い精索静脈瘤では、陰のう上部にミミズ状に腫れた静脈を触れます。超音波検査では拡張した内精索静脈が観察され、カラードプラ法では血液の逆流がモザイクのように色がついて描出されます。
精索静脈瘤の治療には(1)手術と、(2)経皮的静脈塞栓術(静脈内に細いチューブを入れ、そこから詰め物をして血液の逆流を止める方法)があります。さらに手術についても(1-a)精索静脈高位結紮術(静脈をお腹の中の太いところでしばる。簡単だが、静脈をしばり残したり、動脈も一緒にしばってしまうことがある)、(1-b)精索静脈低位結紮術(静脈を精巣のすぐ近くでしばる。たくさんの細い静脈を顕微鏡を使ってしばらなければならないため、煩雑で、高い技術が要求されるが、静脈のしばり残しは少なく、動脈を誤ってしばることもない)、(1-c)腹腔鏡による精索静脈高位結紮術(カメラをおなかの中に入れて、(a)と同じところで静脈にクリップをかける。不確実なことがある。全身麻酔が必要)があります。
当院では、精巣動脈を確実に温存でき、静脈を残らず結紮可能で、最も治療成績の良い、『顕微鏡下の(1-b)精索静脈低位結紮術』を精索静脈瘤の治療に採用しています。治療成績がやや不良なため経皮的静脈塞栓術は行っていません。この手術では他の手術法でみられる合併症の陰嚢水腫などもなく、局所麻酔で行うため麻酔のリスクも最小です。だいたい片側で1.5~2時間、両側でも2.5~3時間で終わり、その後は帰宅していただける日帰り手術となります。
精索静脈瘤手術の術式について
当院で行っている精索静脈瘤手術は,局所麻酔による日帰り顕微鏡下精索静脈低位結紮術です.顕微鏡下に観察して,精巣挙筋(精索の表面をぐるりとつつんでいる筋肉で,寒かったり,緊張したりすると,精巣(睾丸)がつり上がりますよね.それはこの筋肉が収縮するためです)は切断せずに,精巣挙筋動脈は残し,静脈は結んで,切断する。精索内部では,精巣動脈/精管動脈/リンパ管を残しますが,静脈は残らず結んで,切断します.
つまり精巣挙筋は切断せず,動脈・リンパ管は残し,静脈はすべて結んで,切ってしまうやり方ですが,当院では精管のまわりの静脈も切断しています.ここの静脈は残して構わないとされていますが(Microsurgical Inguinal Varicocelectomy With Delivery of the Testis: An Artery and Lymphatic Sparing Technique. Journal of Urology 1992;148:1808),例外はあるものでここの静脈を処理しないと,わずかですが精索静脈瘤が残ることがあります.
顕微鏡下精索静脈低位結紮術はもっとも確実な術式 (Treatment of Varicoceles: Techniques and Outcomes. Fertility and Sterility 2017;108:378) ですが,ほとんどの静脈は処理できていても,手術後に超音波検査で詳しくみてみると,小さな逆流が残っていることが当院でも0.5%くらいあります。精索静脈瘤の残存が認められたときに,静脈はすべて切断しましたが,残っているものがありましたと患者さんにご説明したいので,非常に神経を使う部分ですが,精管周囲の静脈も完全に切断しています.
米国のクリーブランドクリニック(https://health.usnews.com/best-hospitals/area/oh/cleveland-clinic-6410670/urology)で勤務しているときに,マイクロサージェリー(顕微鏡手術)のトレーニングコースを修了し, 1989年に帰国してからずっとこのやり方をやっていますので,ことさら特別な術式ではないと思っていました.ただ,最近になり顕微鏡で見ているといっても非常に簡略化した手術をされている先生方がいらっしゃいますので,標準的なものが非常に高度な手術として差別化がはかられているのだろうと思います.
だれが精索静脈瘤手術を受けるべきなのか
米国生殖医学会および米国泌尿器科学会では,①不妊のご夫妻で,②ご主人の精液所見が不良であり,③精索静脈瘤を触れ,④奥様には問題がないときに精索静脈瘤手術が適応になるとしています(Best practice policies for male infertility. Fertility and Sterility 2002;77:873).ただ,これは人口は米国のほうが3倍多いのに,体外受精は2倍行われているという日本の現状には当てはまらないでしょう.5回人工授精してご妊娠になれなければ,体外受精になるんです.精子が悪いのに,精子を改善するための治療はせずに体外受精になる,本末転倒ではないでしょうか.百歩譲って,精液所見が悪くて,体外受精をしてもご妊娠になれないのなら,精索静脈瘤を手術するべきです.
当院では精液所見が不良で,超音波検査で精索静脈の太さが3mm以上なら手術を受けられるのが良いと判断しており,この基準で70%の患者さんが手術前より良くなられています(第36回日本受精着床学会(2018)で報告).欧州泌尿器科学会のガイドラインでも,触って精索静脈瘤と思ったら,超音波検査で確認しなければならないとされています(EAU Guidelines on Male Infertility 2018).では,なんで見たり,触ったりの主観的な診断より超音波検査が正確なのに,最初から超音波検査せずに,触った後なんでしょうか?欧米の場合はコストだと思われます.欧米でなにより一番高いのは技術料で,超音波検査も非常に高額ですので,全員にやるのは医療経済的に認められません.日本については,男性不妊の超音波検査ができる検査技師が少ないことが理由としてあげられます.先日,大学で泌尿器科の超音波検査をずっとやってきたという検査技師さんとお話しする機会がありましたが,なかなか難しいと思いました.ましてや医師が診察の片手間にやる超音波検査は時間も短いですし,十分には観察できません.われわれの施設にエキスパートの超音波検査技師がいるからこそ出来ることです.手術前だけでなく,手術した後も超音波検査をしなければ,手術がちゃんとやれたかの判断はできませんので,必ず手術後も超音波検査を受けられてください.
当院では軽度の精索静脈瘤でも積極的に手術していますが,それは前述のように70%の患者さんが精索静脈瘤を手術されると精液所見が良くなることに加えて,手術のリスクがほとんどないといっていいぐらい低いからです.当院では相当数の精索静脈瘤手術をさせていただいていますが(当クリニックの実績),手術後に皮膚の下に血液が貯まった(皮下血種)患者さんがお二人いらっしゃるだけで,精巣が小さくなったり(精巣萎縮),精巣の周りに水が貯まるようになったり(陰嚢水腫)したことはありません.
きちんと診察,超音波検査すると精索静脈瘤は左だけでなく,右にもあることが多いですし(Varicocele: a bilateral disease.Fertility and Sterility. 2004;81:424),両方ある場合は左右ともに手術したほうが結果が良い(Bilateral is superior to unilateral varicocelectomy in infertile males with left clinical and right subclinical varicocele: a prospective randomized controlled study. International Urology and Nephrology 2018;50:205)ため,当院では両方手術してもリスクは変わりませんので,右にも精索静脈瘤がある患者さんでは両方を手術しています.
高度乏精子症や非閉塞性無精子症の患者さんでも,顕微授精の前に精索静脈瘤手術を受けられるメリットは明らかですが(Varicocelectomy before assisted reproductive technology: are outcomes improved? Fertility and Sterility 2017;108:385),奥様の年齢が高ければ顕微授精を優先する判断になることもあります.
当院では超音波検査を中心に診断して,軽度の場合でも積極的に手術しています.グレード1(お腹に力を入れると精索静脈瘤を触れる)であれば,他所で診察してもらったら精索静脈瘤はないといわれるかもしれません.当院でも二人の医師の間で触診の所見が食い違うことがしばしばあります.だから精索静脈瘤を見落とす(精子が良くなる機会を失う)ことがないように超音波検査をしているのですが,これをやり過ぎだとする意見を聞くとモチベーションが下がります.しかし,副院長の「せっかく精子が良くなるチャンスだったのにかわいそうですね」の一言で考えが変わりました.われわれは不妊のご夫妻にお子さんを授かっていただきたいだけです.なかなかご妊娠になれなければ,またご来院ください.自分(精子)が悪いのに,奥様に痛い目(体外受精)あわせるって間違ってないですか.少しでも奥様の負担を軽くするために,精索静脈瘤があるのであれば,手術を受けられるのが良いと思います.