男性不妊検査の意義
まずは男性から検査を
希望されて、1年たっても妊娠の兆しがなければ、まずご主人が男性不妊症の検査をうけましょう。なぜならば、奥様の不妊検査には身体的苦痛を伴いますが、男性の不妊検査にはなんの苦痛もないからです。そして、不妊の原因の50%以上は男性に不妊の原因があるからです。
夫婦で行なう不妊治療検査項目
子育てと同様に不妊治療もご夫婦が力を合わせて行うものです。 女性側に問題があっても、精子の質を向上させることにより、奥様の治療をより軽いものにでき、それは生まれてくるお子さんへのリスク(先天異常など)を減らすことにもつながります。 また、男性の不妊症の裏に重大な病気が隠れていることがあります。 例えば、不妊症の男性は精巣腫瘍(睾丸の癌)にかかりやすいことがよく知られています。
男性不妊の検査や診療については、まだ一般的に知られていないこともあり、不安に感じる方も多いと思います。どういった検査項目があるのか説明いたします。
男性不妊検査:触診検査
診察では、オーキドメーター(プラスチックでできた精巣の模型)と比較してだいたいの精巣(睾丸)の大きさを測ります。
精巣を触ったときの硬さも重要で、小さくて柔らかい精巣は精子を作る働きが弱いとされています。
次に、精巣上体(副睾丸)と精管も触らせていただき、腫れていたり、押えて痛みがないかを調べます。
男性不妊症の原因となる精索静脈瘤がないか陰嚢上部を観察し、触らせていただきますが、立ったり、いきんで下腹に力を入れていただいたりして、安静に寝ている時との比較をします。
外陰部の診察は恥ずかしいし、あまり気持ちの良いものではないでしょうが、痛みなどの苦痛をともなうものではありませんので心配いりません。
男性不妊検査:精液検査
精液検査は、男性不妊症の診断・治療において最も基本となるものです。当院では、WHO精液検査ラボマニュアル第6版(2021年)に準拠して詳細な精液検査を行っています。
精液は、精液採取室(プライバシーの保たれた防音室)にて、ご自分で採取容器に全量を採取していただきます。2~7日間の禁欲期間が適当とされていますが、当院では2~3日間の禁欲での検査を推奨しています。
また精液所見は変動することがあるため、少なくとも2回は検査する必要があります。検査は、精液採取室に隣接した検査室で行うため、採取容器を搬送していただくことはなく、精液が他人の目に触れることもありません。結果が出るまでに1時間ほどかかりますので、その間は外出されてかまいません。
当院では以下の項目について精液検査を行っています。
精液検査項目
採取した精液を,室温にて15~60分間静置したのち,十分に液化,均一化させて検査します。
肉眼所見 | 正常は乳白色~白色です。血液が混じっていれば血精液、白血球が混じっていれば膿精液と診断されます。 |
精液量 | 重量法により測定します。精液量の基準値は1.4ml以上です。 |
pH | 射精後1時間以内に、pH試験紙を用いて測定します。 |
精子運動率 | 精液を400倍の顕微鏡下に観察し、前進運動精子、非前進運動精子、不動精子の割合を算出します。当院では、精子の運動性を前進運動精子(活発に直線的あるいは大きな円を描くように動いている精子)で評価しています。精子運動率(前進運動率)の基準値は30%以上です。 |
精子生存率 | 精子は動いていないと生きているのか、死んでいるのか分かりません。精子運動率が50%未満の場合は染色して生存率を調べます。精子生存率の基準値は54%以上です。 |
精子濃度 | 精子の動きを止めて、計算板を用いて精子数を算出します。精子濃度の基準値は1ml中1,600万個以上です。精子が見当たらない場合は、精液全量を遠心分離して、それでも精子がいないかを確認します。 |
精子正常形態率 (クルーガーテスト) |
精子を染色して、Krugerらのstrict criteriaに準じて精子形態を分類します。精子正常形態率の基準値は4%以上です。 |
精液検査の基準値
実は、日本人男性の精液所見の平均値(正常値)というのは分かっていません。それは、普通に妊娠した男性は精液検査を受けることがないからです。 以下の精液検査の基準値は最低限のレベル(これ以上はないと妊娠がむずかしい)を示したものです。
精液量 | 1.4ml以上 |
pH | 7.2以上 |
精子濃度 | 1ml中に1,600万個以上 |
総精子数 | 3,900万個以上 |
精子運動率 | 30%以上 |
精子正常形態率 | 4%以上 |
精子生存率 | 54%以上 |
白血球数 | 1ml中に100万個以下 |
精液所見の表現
正常精液 | 総精子数が3,900万個以上と前進運動精子が30%以上、形態学的に正常精子が4%以上 |
乏精子症 | 総精子数が3,900万個未満 【動画】 |
精子無力症 | 精子運動率が30%未満 【動画】 |
奇形精子症 | 形態正常精子が4%未満 |
無精子症 | 射精液中に精子が無い |
精液異常の頻度
男性不妊症外来を受診される患者さんの精液所見はだいたい次のようだとされています。とくに、精液中に精子がまったくいない「無精子症」の男性が10~15%もいらっしゃることに注目してください。
男性不妊検査:詳しい精液検査
イムノビーズテスト
不妊症の男性では自分自身の精子に対し抗体(抗精子抗体)を作っていることがあります。抗精子抗体が陽性であると自然妊娠は難しく、さらに陽性率が非常に高い場合には顕微授精(ICSI)の適応となります。イムノビーズテストは、運動精子の表面に結合した抗体にイムノビーズがくっつくかをみる検査で、精子にビーズがくっついていれば抗精子陽性(【動画】:IBT(+))、くっつかなければ抗精子陰性(【動画】:IBT(-))です。
Hypoosmotic Swelling Test
低濃度の液(低浸透圧溶液)に精子を入れると精子の尾部が膨れますが、そのことから精子の細胞膜がうまく働いているかをみる検査です。尾部が膨れる精子が多いほど、人工授精や体外受精の結果が良好とされています。また、顕微授精(ICSI)の際に動いている精子が見当たらない場合には、この試験でICSIに使用する精子を決定します。
男性不妊検査:超音波検査
超音波検査(エコーともいいます)は男性の技師が一対一で施行させていただき、看護師は同席しません。 タバコの箱のような探触子(プローブともいいます)を陰嚢に当てるだけで精巣(睾丸)がモニター上に描出され(正常精巣)、痛くもかゆくもない検査です。 まず、精巣の上下、前後、左右の径を計り、体積を計算します。 精巣内部にかたまり(精巣腫瘍)や小さな結石(微小結石)がないかを確認し、精巣の外にある精巣上体(副睾丸)や精管も詳しく観察します(精子の通り路に詰まりがあると、精巣上体や精管が拡張します)。
精索静脈瘤があると、内精索静脈が拡張して描出され、カラードプラ法では血液の逆流をカラーで見ることができます(精索静脈瘤)。
*特殊な超音波検査:精子が精液中にまったく見られない「無精子症」の場合には、経直腸的超音波検査を行うことがあります。肛門から人差し指くらいの太さの探触子を挿入し、前立腺や精のうを観察し、精子の通り路に詰まりがないか確かめます。肛門から探触子が入るので、気持ちのいい検査ではありませんが、痛みを伴うことはありません。
男性不妊検査:内分泌検査
血液中の卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)、プロラクチン(PRL)、テストステロンを測定します。
卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)は脳の下垂体前葉から分泌されるホルモンで、性腺刺激ホルモンと呼ばれます。FSHは精巣(睾丸)のセルトリ細胞に働いて、精子の形成を促進し、LHはライディッヒ細胞に作用して、テストステロン(男性ホルモン)の合成を促します。分かりやすくいうと、FSHは精子を作らせるホルモンで、LHは男性ホルモンを作らせるホルモンです。
プロラクチン(PRL)はFSHやLHと同様に下垂体前葉から分泌され、産褥期に乳汁分泌を促進する働きがあります。男性でPRLが過剰に分泌されると、性欲や性腺機能の低下をきたすことが知られています。
これらのホルモンの値から、いろいろな病気のパターンを推測しますが、FSHが著明に上昇していれば精子を作る働きに問題があるのは間違いありません(精巣の精子を作る働きが悪いため、それをなんとかしようとFSHが増えていると考える)。
内分泌検査結果の解釈
卵胞刺激 ホルモン |
黄体形成 ホルモン |
テストステロン | プロラクチン | |
---|---|---|---|---|
低ゴナドトロピン性性腺機能低下症 | ↓ | ↓ | ↓ | → |
造精障害 | ↑/→ | → | → | → |
原発性精巣機能低下症 (高ゴナドトロピン性性腺機能低下症) |
↑ | ↑ | →/↓ | → |
プロラクチン産生下垂体腫瘍 | →/↓ | →/↓ | ↓ | ↑ |
男性不妊検査:遺伝検査
精路の閉塞所見がない無精子症や高度の乏精子症(500〜1,000万個/ml以下)の患者さんは、遺伝的な異常を伴うことがあり、遺伝学的検査(染色体検査、遺伝子検査)を受ける必要があります。
男性不妊症の約7%に染色体検査で異常がみられるとされています。その頻度は精子数が少ないほど高くなり、無精子症の患者さんでは10〜15%に染色体異常がみられるのに対し、乏精子症では5%、正常男性では1%以下です。染色体異常の2/3は通常[46、XY](染色体検査=正常)よりX染色体の数が多いクラインフェルター症候群[47、XXY](染色体検査=クラインフェルター症候群)ですが、その他に染色体の構造異常も見つかります。
遺伝子検査が進歩して、従来の染色体検査では見つけられなかった遺伝子異常が診断できるようになり、無精子症や高度の乏精子症の患者さんの10〜15%ではごくわずかにY染色体の一部が欠けている(microdeletion=微小欠失)ことが明らかとなりました。下の図のAZF(azospermia factor)a領域やb領域が完全に欠失していると精巣内に精子がいる可能性は非常に低いと考えられています。 c領域の欠失であれば、無精子症でも精巣から精子が採れる期待が十分にありますが、その精子で男の子を授かられるとお父さんと同じように不妊症になる可能性が大です。
染色体や遺伝子の異常が見つかった場合は、顕微授精の前にカウセリングを受けられるのが良いでしょう。
*嚢胞状線維化症では非常に高率に先天性両側精管欠損症を合併することが知られています。さらに嚢胞状線維化症がCFTR遺伝子の異常によることが明らかとなり、欧米では先天性両側精管欠損症の患者さんはCFTR遺伝子の検査を受けることが推奨されています。しかし、日本人ではこの病気は非常に少ないため、わが国ではCFTR遺伝子の検査は一般には行われていません。