男性不妊の恵比寿つじクリニック
男性不妊の恵比寿つじクリニック
メディア紹介

yom yom 2021年4月号掲載 「”無視”されてきた男性不妊〜脚光を浴びる理由、不妊治療の未来は」

 いまや15人に1人の子供が体外受精などの不妊治療によって誕生するようになった日本。不妊治療に取り組んでいる夫婦は5.5組に1組いると言われている。妊娠が男女の営みである以上、不妊の原因は様々で、男性にも原因はあるはずだ。だが、長らく、不妊は女性のせいにされてきた。「石女」なる言葉が存在し、妊娠できなければ離婚されるケースもあった。皮肉なことに、不妊の責任が全て女性に押し付けられてきた結果、女性が気軽に通える産婦人科やマタニティクリニックは無数に生まれた。一方、男性に起因する不妊には目が向けられてこなかった結果、男性不妊専門のクリニックは都内にさえ数軒しかない。
 多くの男性不妊の専門医たちが口をそろえる。「男性不妊は無視されてきた」と。
 男性不妊が脚光浴びたのが2000年代前半のことだ。睾丸内から精子を採取する技術(精巣内精子採取術)が開発されたことを受けて、長らく婦人科の領域だった不妊の領域に泌尿器科医が参入した。男性側の不妊が科学され始めたことで、ようやく「男性側にも半分原因がある」という当たり前の事実が知られ始めたのだ。
 ただ、女性の不妊とは異なって男性の不妊には独自の事情がある。

◆投じた金額は300万円以上、男性の「2人目不妊」の真相

「”男性不妊かもしれない”と妻に告げて、逆に楽になりました」と話すのは現在41歳のFさんだ。Fさんが不妊に気づいたのは36歳の時だった。5歳年下の妻と相談して2人目の子作りを始めようと考えていた矢先のことだ。「1人目は難なくできたんです。最初の子はとても手がかかるので”2人目を育てるのは当分無理だ”って思っていました。でも5歳を迎えたとき、子供から”弟か妹がほしい”って言われて・・・。妻も2人目に前向きでした」
 当時、Fさん 36歳、妻は31歳。夫婦ともに30代を迎えていたことから、念のため妻とともに近所の婦人科で簡単な精子検査を受けたところ「精子の質が悪い」とだけ告げられた。いわゆる「2人目不妊」だった。
 30代を迎えると精子の質は衰える。総精子数や運動量など多くの指標で顕著に悪化し始めるのだ。1人目が生まれ、子育てしているうちに、生殖可能な状態を過ぎてしまうのが「2人目不妊」だ。「妻が年下だからすぐに妊娠するだろうと思っていたのですが、大きな勘違いでした」。精子の質を改善すべく、婦人科医の進める通りに生活習慣の改善に着手した。脂質の多い食事も減らし、亜鉛などのサプリメント摂取した。精子づくりに大敵のタバコもやめ、お酒も極力減らした。
 妻と二人三脚で生活習慣の改善に半年ほど取り組んだものの、妊娠の兆候はなかった。そこで、精液を採取してチューブで女性の子宮に注入する人工授精や、正常な形の精子を探し出し、注射針で卵子に注入する顕微受精にも取り組んだ。それでも思うような成果は出ず、徒労感ばかりが募った。受精の日はクリニックで半日以上待つ日もあり、毎回半休を取得しなければならず、仕事に影響を及ぼした。何より重くのしかかったのは経済的な負担だ。特に顕微受精は高額で1回の通院で50万円を超えることもあった。
 1年ほど治療を続け、総治療額が300万円を超えたころ、知り合いの紹介で男性不妊専門を謳っているクリニックに巡り合った。そこで検査をしたところ、男性不妊の4割の原因となる「精索静脈瘤」と告げられた。精索静脈瘤とは精巣内にある静脈の血流が逆流して、こぶができた症状だ。精巣内の血流が不十分になり、造成機能が低下してしまう。
 つまり、ただの加齢による不妊ではなく、手術が必要な「病気」だったのだ。高額な体外受精治療に300万円を投じるのではなく、たった1日の日帰り手術を受けるべきだった、と気づかされた。「そもそも病気が原因で男性不妊になることも知らなかったし、男性不妊専門のクリニックがあることも知りませんでした」
 女性には不妊に悩んだら産婦人科やマタニティクリニックのようにアクセスしやすい医療機関が多く存在する。一方、男性の場合はどこに行けばいいかすらわからないことが多い。男性不妊の専門医は国内に50人程度しかいない現状も認知の遅れに拍車をかけている。
 男性不妊を妻に打ち明けたところ「これで原因が分かったのだから手術で良くしていこう」と言われたFさん。術後、精子の質は改善し、今は順調に子作りに励んでいる。

◆男のプライドが邪魔することも

 Fさんのように男性不妊を打ち明けたことで、夫婦の相互理解が進めばいいが、中には夫婦仲がこじれてしまうこともある。精索静脈瘤による男性不妊に悩んでいた男性Uさんの場合、「男のプライド」が邪魔してなかなか切り出せなかったという。
 「妻に切り出すのは勇気がいりました。”俺の種に問題がある”とはなかなか言いにくくて」
 思い切って妻に打ち明けたところ「それ、結婚前に分かってれば・・・」と言う何気ない妻の一言で自信を失ってしまい、セックスレスに陥ってしまった。手術を受け、精子の質は向上したものの、妻が子作りに前のめりすぎるあまり、毎日の食事をグラム単位で管理された上に、カレンダーの排卵日には二重丸が。排卵日の前後3日は毎日セックスをしなければならない生活が待っていた。「子作りのためだけにセックスって、思うとなかなか・・・。”二重丸の日”は帰り道が憂鬱でした」。気づけばUさんは勃起障害になり、帰宅前にED治療薬を服用するのが日課になっていた。
 男性不妊に悩む男性たちは、しばしばこのような言葉を口にする。「中学高校と”子供を作らないように”と避妊の大切さはさんざん言われてきたけど、まさか自分が”子供が作れない”という状態になるなんて。もっと早い段階で精子検査を受けたり、もっと身近に男性不妊と言う言葉があればよかった」と。

◆保険適用、現役医師たちの声

 不妊=女性の問題とされていた時代から、医療の進歩や認識の変化で男性不妊にも目が向くように。ただし、原因がわかっても妊娠にはまだハードルが存在する。それが費用の問題だ。目下、少子化対策の一環として菅総理の一声で「不妊治療への保険適用」がにわかに動き出している。現在は30万円の助成金が支給されるが、体外受精や顕微受精など高度不妊治療には100万円以上かかることもザラだ。高度不妊治療のすべてに保険が適用されれば経済的な悩みは一挙に解消するかもしれない。
 だが、ことはそう単純ではなさそうだ。現場の医師からは保険適用に慎重な姿勢を求める声が多い。「体外受精に保険適用を認めるなら、現状、禁止されている混合診療を認めるしかない」と話すのは菅総理に政策アドバイスの経験もある杉山産婦人科の杉山力一理事長だ。
 混合診療とは保険診療と自由診療を組み合わせた診療形態だ。混合診療が認められれば、保険適用分の治療は保険が適用され、適用外の治療は患者が支払うことになる。現在は、患者の支払い能力によって受ける医療に差がつくことを避けるために、混合診療は認められていない。
 杉山氏が指摘するのは保険適用の範囲が不明確な点だ。同氏は「不妊治療と一言で言っても幅広い。適用範囲が検査からなのか、受精卵を注入する段階なのか、それとも受精卵を冷凍保存するまでののかが不明確なんです」と指摘する。仮にすべての工程で保険適用を認めることになれば問題がさらに拡大する。それが薬事法の認可の問題だ。「現在、不妊治療に使用する多くの薬、機械などが薬事法ではすべて未認可の状態です」 (杉山氏)。保険適用のためには早急な認可が前提となっている。
 そうした課題をクリアして保険適用されたとしても、今度は保険の点数の問題がある。「不妊の技術は日進月歩です。保険点数が低くつけられてしまうと、今度はクリニック側が高価な薬品や機械を導入しにくくなってしまいます。逆に高く保険点数をつけてしまうと、儲かりそうだからとクリニックが相次いで参入することになります。すると治療のレベルが下がってしまう可能性があります」。誰でも治療を受けられるようにと始めた保険制度が本末転倒な結果を招きかねない。
 そうした事態はすでに男性不妊の領域では起きている。男性不妊が専門の恵比寿つじクリニックでは保険適用の精液検査をすべて自費診療で行っている。辻祐治院長は「精液検査の保険点数が低すぎるんです。男性不妊治療のためには精密な精子の検査が不可欠ですが、健康保険では現行70点(総額700円)ですが、これでは十分に詳しい検査はできません」と話す。保険点数の範囲内、つまり診療報酬として医療保険から医療機関に支払われる金額の中で利益を出すために、精液検査を外部に委託するクリニックも存在する。その場合、精液量と精子濃度などの基本的な数項目しか測定されない。「700円では赤字になってしまいます。でも外注に出しちゃうと時間もかかる上に診断に必要なデータが得られません」 (辻氏)。一方、自費診療の精子検査では数千円ほどかかるものの、運動率や前進率など詳細な項目まで算出される。

◆情報公開は本当にプラスか?

 無論、今までの不妊治療が高額であることは間違いない。厚生労働省は、不妊治療を受けた夫婦に支払われる費用助成について、治療件数や費用の情報を開示している医療機関での実施を条件とする方針を固めたという報道もなされた。今まで不透明だった自由診療の実態を透明化することが狙いとされている。患者側からすればありがたい制度に思えるが、これには多くの医師から、病院の”成績”のような形で情報を公開することの弊害を指摘する声が漏れてくる。
 取材に応じたある医師は、「私たちは5%でも可能性があれば体外受精にチャレンジしたいと思って治療行為に臨んでいます。ですが、治療実績が”成績”のような形で出回り、口コミが広がっていくようなことになれば、可能性の低い患者さんの場合は『無理です』と言って断らなければなりません。患者さんのために一生懸命治療することと病院のために数字を上げることが両立しなくなってしまいます」と複雑な胸中を吐露した。
 現在政府が検討する不妊治療への保険適用。これが少子化対策として奏功するには、さらに緻密な議論が必要になる。

ライター 武田 鼎

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